塾生佐々木寿美です。

先日土曜日の授業では塾生3名、見学者さん2名をお迎えしにぎやかな教室でした。

そんな授業の前半戦、いつものフリートーク(?)タイム。
この時間は一見整体の勉強とは関係のないようなことも話しますし、ガッツリと症例の話になることもあり、その日のメンバーの持寄る話題で話が膨らみます。(あ、一見関係ないような話も最終的には整体のことや整体師マインドに繋がってくるのですが)

この日の話題の一つに『「ラク」は「楽しい」か?』という話になりました。
現代は何かと時短やラクなことが価値のあることだという傾向が強いと感じますが、
それゆえ「ラク」であることは良いイメージの言葉だと捉えていました。
しかし、『「ラク」をしていいことはないのでは?』『「ラク」なことは楽しいことではない』という先生の意見を聞いて、ハッとしました。
「ラク」が全くの悪かというとそうではなくその恩恵も受けているとも私自身は感じますが、
あらためてよく考えてみると、「ラク」をすることで多くは自分の体や頭を使わなくてもよくなってしまい、結果的には自分の身体の退化につながっていると気づきました。
家電や車の誕生などで日々の暮らしがラクになった分、体を使う機会だったり動きのバリエーションは極端に減りました。

整体を受けにくるような痛みの多くも、体を使わなくなった(動かさなくなった)り、使わないので正しい動かし方がわからなくなってしまい筋肉負荷の偏りを生じてしまうということが大きな原因の一つになっています。
極端な言い方かもしれませんが、「ラク」を選択すればするほど、知らず知らずジワジワと自分で自分の首を絞めてしまっているのだな、、と、視点を変えて見るとモノゴトの陰陽(表裏)が見えてきます。
「ラク」がもたらす良し悪しを理解しつつ、簡単便利が進む今の時代、敢えて古風なことも大切にしなければいけないと思いました。


話は授業のことに戻し、、
後半は、レストアストレッチ模擬授業を通して見学者さんに体の変化を体感してもらったり、施術を受けてもらったりしました。
私も見学者の方の体をお借りし施術させていただきました。

授業終了時間まであまり多く時間がない中で、優先的にどこをどのように施術するのかを即座に判断することがうまくできず、バタバタとしてしまいました。また、その人の状態にあったちょうどよい圧を探すのも課題でした。指で触れる感覚はもちろん、相手とのコミュニケーションでどのように感じているかをこまめに確認することが大事だとあらためて感じました。
私が施術させていただいた見学者さんは前日に街のリラクゼーション系整体を受けに行った際、「本当はちょっと痛すぎるときがあったけど、緩めてもらったら効果がなくなるのかな?と思って我慢してしまい痛いことが伝えられなかった。」ということを言っていたので、なおさら相手に余計な心配をかけさせないような言葉がけや配慮をしたほうがよかったと反省です。

 私にとっては難しいことだらけで奥が深い整体の世界ですが、「楽しい」ことは「ラク」ではないので、長く楽しんでいけそうです。